憎しみを超えるとそこには成長があった

成長人生が辛い時
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人間の抱く感情のなかで、もっとも激しい情動は「憎しみ」の気持ちなのではないでしょうか。「憎しみ」は、人間の宿命であると言われています。人間である限り、釈迦やキリストでもない限り、この「憎しみ」から解放されることは無いでしょう。しかし、苦しみの原因となっている「憎しみ」を違った観点からみることができたら、少しは苦しみも楽になるのではないでしょうか。

そこで、本日は、憎しみについて話したいと思います。

1.憎しみとは

 

そもそも、憎しみとはどんな感情なのでしょうか?

広辞苑によると、

1・いやな相手として何か悪いことがあればよいと思うほど嫌っている。気に入らない。

2.腹立たしい。癪(しゃく)にさわる。けしからぬ。

3.みにくい。「年老い、かたちも―・く時なし」

4.無愛想である。そっけない。

5.(癪にさわるほど)あっぱれだ。感心だ。「―・いことを言う」

と書かれています。

実際に、「友達Aに裏切られ私は傷ついた。Aが憎い」「夫が浮気し、私は裏切られた。夫が憎い」「いじめたあいつのせいで、私はうつ病になった。だからあいつが憎い」とよく聞く話であります。かくいう私も憎しみなんて知りませんという悟った人間ではないので、憎しみという感情を持ち合わせています。

しかし、「憎しみ」を抱き続ける限り、セットで「苦しみ」という感情も味わい続ける事になります。

 

2.仏教が説く「憎しみ」とは

 

仏教僧

人生においてどうしても避けられないさまざまな苦しみを、仏教では「四苦八苦」に分類しています。その中の一つ、「怨憎会苦」(おんぞうえく)とは、恨みを抱く人、憎い人とも出会わなければならない苦しみのことをさします。

憎しみの感情は、他人があなたに何か嫌なことをした結果起こる感情だと思われています。しかし、そうとばかりは言えません。憎しみは、あなたが居心地のいい環境を維持しようと執着するあまり、周囲の変化にあなたが激しく抵抗するために起こる現象です。つまり、あなたの嫌いな人が意地悪をしているのではなく、あなたの心が反抗しているだけなのです。

ここまで読んで、「猿桃何言っちゃってんだ!わからんよって」方が多いと思いますので、簡単に説明したいと思います。

先ずは、その為には仏教用語の「無常」について理解しないといけません。仏教でいう「無常」とは森羅万象の全ては「常に変化」しているということです。この世には絶対的なものは存在しません。お金、地位、愛。全てはひと時は力を発揮するでしょうが、必ず終わりが来るのです。憎しみも同じで、あなたの憎い人もあなたの前から消え去りますし、あなたの心からも消え去ります。これが「無常」です。

今一度、「森羅万象の全ては変化している」これを頭にいれて、1章であげた例をみていきましょう。

1.「友達Aに裏切られ、私は傷ついた。友達Aが憎い」

裏切った内容は、ここでは、これまでは仲良くしていたAさんが、最近は別の子と仲良くしているので私は裏切られた気持ちになったとします。

Aさんは、これまであなたと同じようにJポップスが好きで、あなたと話が合ったので仲良くしていた。しかし、急にロックに目覚めた。Aさんはロックの話をする友達の方が楽しい。この場合、Aさんは変化したのです。ここで、あなたが「永遠の友達であるべき」等幻想があると、激しくAさんを憎く思うことになります。しかし、「友達は去ることもあれば、新しい友達ができることもある」という認識ならば傷はつきません。それは、あなたの心の持ち方で、同じ事象でも傷つくかが左右され、それにより相手を憎く思うかどうかが決定するということです。

2.「夫が浮気し、私は裏切られた。夫が憎い」

この場合、夫が心変わりし、別の女性を好きになったのです。夫の変化を受け入れられない場合は、苦しむことになります。仏教では『愛憎』といって“愛と憎しみは一つの如し”といわれます。夫を「愛している場合」はより一層「憎しみ」がこの場合は強くなります。夫に執着すればするほど苦しみは深くなります。

3.「いじめたあいつのせいで、私はうつ病になった。だからあいつが憎い」

いじめはあってはならない事ですが、残念ながらあるのが現状です。瀬戸内寂聴さんはyoutube動画「憎しみの感情それは宿命です」で「この世は不条理だ。この世は勧善懲悪ではない。弱い者が泣き、強い者が笑うそんな世の中だ」と仰っておられます。このケースでは、単に「無常」だけでは説明が難しく、この世は不条理だということも知ることが必要かもしれません。ただ、うつ病になってしまった自分という変化を認めることはできると楽になるかもしませんね。また、いじめについては、後日話したいと思います。

このように、人間は安定を求める生き物であり、「いつまでも友達でいたい」「いつまでも夫婦でいたい」「いじめられていなかった、過去に戻りたい」「うつ病になる前の生活がしたい」となるのが普通なのです。

そして、人間は安定を求めるが故に、自己変革が難しい生き物でもあります。今、貴方が人を憎んでいるならば、あなたは成長しようとしている証拠です。

人間は安定している状態(順境)ばかりでは成長が難しいと言われています。他人を憎むことで、あなたは天から無理やりに成長の種をまかれているのだと考えてください。すると、少し視点が変わり、見えてくる世界が変わりませんか?

3.法然上人のお父様の例

 

「憎しみは憎しみしかうまれない」、「憎しみは憎しみによって止むことなく、愛によって止む」とよく言われますが、この言葉を聞くと私は一つの話しを思い出します。それが、浄土宗の開祖である法然上人(平安時代末期から鎌倉時代初期)のお父様の遺言状の話です。

この話は、私が高校生の時に宗教の時間に聞いた話しです。私は、法然上人のお父様のファンになりました。(^^;

内容は、

法然上人が9歳の時に、敵に父が殺さる事件が起こりました。法然上人の父は武家の当主ということもあり、幼い法然上人は死に際に父に敵討ちを誓います。しかし、父はそれを止め、「この度のことを武士の恥と思ってはならぬ。敵を恨んで敵をうてば、敵もまた恨みを持つ。恨みはつきることがないであろう。それよりも、世俗を捨て、僧となって私の菩提を弔ってくれ」と言い残したのです。

この頃は敵討ちが当たり前の社会だったにもかかわらず、この言葉を遺言にした法然上人のお父様は素晴らしい方だったと私は思います。仏教の「憎しみは憎しみしかうまない」という言葉をご存じだったからこその遺言だったと思います。

そんな、愛なんて、何を言ってるの?憎い人を愛せるはずがないでしょ?と思わるかもしれませんが、次にどうして愛しか憎しみを止めることができないか説明をします。

※順境:めぐまれた条件で物事がすべてうまくいっている境遇。反対語は「逆境」

 

4.私が考える憎しみからの解放

 

憎しみは、生きている以上、避けがたい感情です。だから、憎しみがない生活なんて望まないでください。我々は、憎しみとどう付き合っていくかが問題なのです。

また、永遠に友達である、永遠に夫婦である、永遠に健康である、といった事も幻想です。自分の人生を振り返ってみてください。病気になったこともあったでしょう。友達との別れもあったでしょう。離婚をした方も読者の中にはいらっしゃるかもしれません。絶対に永遠というものはこの世ではありません。

私たちには、「自分は幸せになりたい」というエゴをそれぞれ持って生きています。それと同じように、あなたの周りの人達も同じように「幸せになりたたい」というエゴを持っています。周囲の人が不幸せで、あなただけが幸せになることは決してありません。あなたが幸せになるためには、周囲の人も幸せになる必要があるのです。

でも、どうやって憎い人の幸せを願えるのでしょうか?それは、もう鍛錬しかないと猿桃は思います。一足飛びに憎い人を「愛」すことなど無理です。エーリッヒ・フロムの有名な著書に『愛するということ』があります。そこには「愛は技術だ」と述べられています。技術は磨かないといけないのです。

愛を鍛錬する方法として、次に『慈悲の瞑想』をご紹介したいと思います。

1)『慈悲の瞑想』

瞑想

この瞑想は自分のエゴを治療して、他者の幸せさえも願えるようになるための瞑想です。手順としては、背筋と頭をまっすぐにして、一人の時は声を出さなくてもよいです。何人かで一緒にする場合は声を出して唱えることもよいでしょう。

私は幸せでありますように[ad]

私の悩み苦しみが無くなりますように

私の願いことが叶えられますように

私に悟りの光が現れますように

私は幸せでありますように

私は幸せでありますように

私は幸せでありますように

 

私の親しい生命が幸せでありますように

私の親しい生命の悩み苦しみが無くなりますように

私の親しい生命の願いことが叶えられますように

私の親しい生命にも悟りの光が現れますように

私の親しい生命が幸せでありますように

私の親しい生命が幸せでありますように

私の親しい生命が幸せでありますように

 

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものの悩み苦しみが無くなりますように

生きとし生けるものの願い事が叶えられますように

生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

 

私の嫌いな生命が幸せでありますように

私の嫌いな生命の悩み苦しみが無くなりますように

私の嫌いな生命の願い事が叶えられますように

私の嫌いな生命に悟りの光が現れますように

私を嫌っている生命が幸せでありますように

私を嫌っている生命の悩み苦しみが無くなりますように

私を嫌っている生命の願い事が叶えられますように

私を嫌っている生命に悟りの光が現れますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

生きとし生けるものが幸せでありますように

引用:アルボムッレ・スマナサーラ長老『ブッタが教えた本当のやさしさ』(2009)より引用

 

5.おわりに

 

他人をどうにかすることはできません。憎いから罰でも当たったらいいのにと思うのも人間らしい感情です。しかし、今まさに憎い人がいるあなたはチャンスです。仏教では逆境こそがチャンスと言います。自分を大きく成長させることができるからです。もし、憎しみで苦しくてこのブログに辿りついたのならば、『慈悲の瞑想』を行ってみてください。憎い人の幸せを願うことは、あなたの幸せの早道でもあるからです。

では、今日はこの辺で失礼します。

このブログがあなたの役に立てれば幸いです。

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参考:

1.二階堂武尊『I❤仏教 憎まない習慣』(2014,株式会社インプレス)

2.草薙龍瞬『反応しない練習』(2015,株式会社KADOKAWA)

3.アルボムッレ・スマナサーラ長老『ブッタが教えた本当のやさしさ』(2009,宗教法人日本テーラワーダ仏教会)

4.瀬戸内寂聴:「憎しみの感情 それは人間の宿命です」相手の立場を思いやる慈悲の心を忘れずに【奇跡の大開運チャンネル】

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